自分らしく生きていける場所、理想の暮らしができる場所はひとつとは限らない。
複数の拠点を持つ人々に、そのきっかけやライフスタイルを聞いた。

きっかけは父の遠野移住そして手に入れた〝いい塩梅”の週末田舎暮らし
▼「ココロココ」編集長・奈良織恵さん

取材・文/複住スタイル編集部写真/阿部雄介

ミイラ取りがミイラに

東京湾アクアラインを渡ると、道の両サイドにはうっそうと木々が茂り、ときおり、山々の間から海岸線が見える。都心からわずか2時間程度で景色はがらりと変わった。「海も山もあって、東京からこの距離感でぐっと環境が変わるワープ感が好きなんです」

そう話すのは、ウェブマガジン「ココロココ」の編集長である奈良織恵さん。〝地方と都市をつなぐ・つたえる”をコンセプトに、全国各地の移住者や地域プロジェクトを取り上げ、日々、日本のローカルでの暮らし方や働き方に関する情報を発信している。

移住者を取材する側であった奈良さんは、昨年3月、千葉県南房総市に二拠点目となる自宅を購入。平日は都内で過ごし、週末は南房総に通う二拠点居住をスタートさせ、自らが移住の当事者となった。

「ミイラ取りがミイラにではないですけど(笑)。移住した方を取材しながら、いいなと思っていたところはありますね」南房総との出会いは、市の企業・起業家誘致のPRに携わったこと。それがきっかけとなり、2016年に房総半島の南端・白浜町にある「シラハマ校舎」にサテライトオフィスを開設することに。

その後も、ローカルビジネスを学ぶ「南房総2拠点大学」などのプロジェクトを手がけ、イベントや打ち合わせなどで月に数回、南房総に通う生活。この地にもうひとつの拠点を持とうと思ったのは、自然な流れだった。

南房総で活躍する先輩移住者の存在にも惹かれたという。「二拠点居住の先駆者で『週末は田舎暮らし』という本を書かれた馬場未織さんや、シラハマ校舎をプロデュースした多田朋和さんなど、発信力のある先輩方の存在がありました。南房総は、移住者がひとつのコミュニティに固まっているわけではなく、それぞれが自立して活動しながら、ときにちょっとずつ重なり合って適度な距離感を保っている。その関係性も自分に合っているなと感じました」

旧長尾小学校の木造校舎を活用した複合施設「シラハマ校舎」。オフィスの内装は奈良さんやスタッフがペンキを塗り、リノベーションした。黒板や廊下など、そこかしこに学校だったころの面影が見られる。レンタルオフィスのほか、宿泊可能なゲストルームやレストランも完備
オフィスにはハンモックや、「南房総2 拠点大学」のイベントの際に使用したボードも。ハンモックは外に出してくつろぐことも

ココロとココロをつなげる移住・交流プロジェクト

首都圏と地方のご縁を結び、ココロとココロをつなげる価値観をキーワードに、日本各地で活躍する移住者や地域を盛り上げるプロジェクト、移住・交流の事例などを紹介。家探しや地域の仕事情報、起業に関するセミナーなどのイベント情報も満載!

「南房総2 拠点大学2019:不動産・スペース活用コース」の様子

原点は父親の遠野移住

奈良さんの出身は横浜。両親ともに東京育ちで、田舎と呼べる場所はなく、学生時代はブラジルに半年間滞在するなど、どちらかといえば海外に興味を持っていた。日本のローカルをテーマにする仕事に就き、自身が田舎暮らしをするまでにいたったのはなぜか。

「父が岩手県の遠野に移住したことが、すべてに影響を与え、いまにつながっています。父は畑を耕したり田んぼを世話したりしながら12年ほど遠野で暮らしていました。私もそこに通うようになって、自分でもそういう暮らしをしてみたくなったんです」

「ココロココ」の立ち上げにも、遠野の存在が深くかかわっている。2011年3月に発生した東日本大震災。家は無事だったが、自身も岩手に愛着を持っていたこともあり、遠野を拠点に被災地へボランティアとして通うようになった。

地元の人々やボランティア仲間と触れ合うなかで「仕事として東北にかかわりたい」という思いが強くなり、「ココロココ」の前身となる「東北に行こう!」というウェブサイトをスタート。ひとりでも多くの人が東北を訪れるきっかけになればと取材を重ねた経験が転機となり、日本のローカルに目を向けるようになった。

「シラハマ校舎」から海までは徒歩10 分ほど。遠くに見えるのは房総半島最南端に建つ野島埼灯台

理想の家に出会えたからこそ二拠点目を実現

父親は数年前に遠野の家を引き払って横浜に戻ってきたが、元気なうちに大好きな土いじりやものづくりができる場所をもう一度作ってあげたい。そんな気持ちも二拠点目を持つことを後押しした。「自分ひとりだったらもうひとつ家を持つことはぜいたくな気がしますが、親孝行という大義名分ができたので(笑)」

東京やシラハマ校舎への動線上にあること、里山の風景を感じられることなどの条件のもと、約1年半かけて20-30の物件を見学。そうして出会ったのがいまの家だ。築25年ほどで室内はリフォーム済み、庭や畑ができるスペースもある。富山(とみさん)を目の前に望む広縁からの眺めもお気に入りだ。奈良さんは主に週末、父親は平日に訪れ、作物の世話をしたり、友人を招いて食事を楽しんだり、それぞれが南房総での暮らしを謳歌している。

「移住は仕事やコミュニティの関係性が重視されて家の優先度が下がりがちですが、やはりよい家が見つかるかどうかということも大事だなと改めて思いました」

正面に庭と富山を望む広縁からの風景。広縁に置かれたイスとテーブルは父親が手づくりしたもの

東京と南房総、どちらもいい塩梅に

奈良さんにとって、東京の家はプライベートな空間、南房総の家は父親とシェアしていることもあり、〝住み開き”している感覚だという。週末は友人を招いて過ごすことも多く、ゆくゆくは民泊も考えているそうだ。

「朝起きて、庭の野菜をとって、ごはんを作って、掃除をして……ここにいると一日があっという間に過ぎていきます。東京では同じくらいの時間を働いて過ごしているわけで、暮らしのあらゆることを外注することによって生活が成り立っているのだなと気づかされました。でも、いきなり自給自足はできないし、東京での仕事も楽しい。0か100かではなく、仕事も暮らしもいい塩梅に。そういう感覚を持って暮らせるのも、二拠点居住ならではかもしれません」

いま、働き方が大きく変わり、いろいろな立場の人に移住の選択肢が広がっている。複数の拠点を持つ暮らしもこの先どんどん可能になっていくだろう。先輩としてこれから二拠点目を持とうと考えている人へのアドバイスは?

「お金については、どちらかをシェアハウスにするなどしてもよいかも。家を二つ持つ場合はどちらも管理し続けなければいけないので、絶対的に手間はかかります。ぜひ、その手間を楽しんでほしいですね」

木の温もりあふれる広々としたリビング。大きなテーブルも父親の手づくりだ
自宅は平屋建ての3LDK。庭の横には菜園スペースがあり、トマトやオクラなどの野菜を育てている

敷地内に納屋も備わっている。畑の道具や父親が使う木工用の工具などが置かれていた
和室の床の間には前オーナーが施した刺繡畳も。購入時、畳はすべて張り替えたが、この刺繡畳だけは残した

Profile
奈良織恵さん(46 歳)
■居住地:東京都港区/千葉県南房総市
■二拠点居住年数:約1年半
■二拠点居住の住居:マンション(東京)/中古の一軒家(南房総)
■地域住民との交流頻度:集落というほどではないが、近隣の人とはあいさつをしたり、不在時に家の様子を見てもらったりと良好な関係
■二拠点居住の準備期間:家探しを始めてからは約1年半

※この記事は雑誌「複住スタイルVol.2」に掲載されたものを再編集したものです。記載されている内容は取材当時のもので現在とは異なる場合があります。