関谷啓太郎さん・早紀さんご夫妻。古くは献上米の産地で、「おいしい米がとれる土地」として知られてきた千葉県いすみ市大野に移住・就農した
千葉県いすみ市/結農園経営、関谷啓太郎さん・早紀さんご夫妻
取材・文/加藤恭子写真/加藤熊三
いすみ市
人口:約3万7,500 人 面積:157.4km2
千葉県房総半島の東南部、太平洋側に位置する。大原の沖合は好漁場として知られ、イセエビの漁獲量は日本一。のどかな里山が広がり、酪農や稲作が盛んでもある。農産物・水産物に恵まれた食の宝庫といえる街。
ブランド米の産地に絞り込んで土地探し
車一台がやっと通れる、山際の細い坂道。その奥に木造平屋の民家がぽつん、ぽつんと集まるのどかな集落がある。昔から「とびきりおいしいお米がとれる土地」として知られてきた千葉県いすみ市大野だ。関谷啓太郎さん・早紀さんご夫妻は、ふたりともひと目でこの集落の風景に惚れ込んだと振り返る。
「たまたま通りかかった大野の風景を見てここだ! と思いました」
啓太郎さんは、千葉県八街市出身。滋賀県立大学環境科学部を卒業後、三重県度会町の農業法人に10年勤め、米づくりの経験を積んだ。一方、東京都世田谷区出身の早紀さんも同じ農業法人に就職したことから、ふたりは結婚し、出身地に近い関東地方に戻って新規就農をすることを決めた。
移住先の条件は、「米づくりに適した土地」であること。まずは千葉県のブランド米産地であるいすみ市に絞り込み、現地で情報を収集するためにいすみ市内にアパートを借りて移り住んだ。いすみ市に絞り込んだ理由は、魅力的なカフェなどを営む移住者が多く、都心からのアクセスも比較的よかったことなどだった。
「といっても、見ず知らずの人間に田んぼを貸してくれる人はまずいません。そこで、とにかく現地で情報と人のつながりを得なければ始まらないと思い、〝勢いで〞移住しました」
啓太郎さんはまず夷隅農業事務所に相談し、そこで紹介してもらったいすみ市の農家で研修を受けながら、情報収集した。早紀さんは移住前に取得した介護の資格を活かし、パートとして働きながら、地域の情報を集めたと笑う。
「おばあちゃん、空いている家を知らない? とか言って、仕事をしながらちゃっかりリサーチしていました(笑)」
たまたま出会えた田んぼの所有者
いすみ市内の情報を探してあちこち見て回っていたときに、通りかかったのが大野集落だった。長年暮らした三重県度会町の里山風景にもどことなく重なった。「大野で米づくりをしたい!」。関谷さんご夫妻はふたりともこの土地に強く惹かれたものの、どうすればよいのかわからず、手がかりを求めて市役所の農林課に相談に出向いたところ、たまたまその場にいた大野の田んぼを所有するという人を紹介してもらった。
「本当にタイミングがよかったんです。その方は、それまで田んぼの管理をお願いしていた人がいなくなり、田んぼを任せられる人を探しているところでした」
田んぼの所有者は関谷さん夫妻が大野で暮らせるよう、集落に何軒かある空き家の持ち主に直接交渉してくれた。そのおかげで30年も空き家のままになっていた民家を、所有者から直接借りることができた。
「長年、空き家になっていたとは思えないほど、きれいに管理されていました。本当にご縁だなとありがたく思いました」
地域に溶け込むために心がけたこと
いすみ市に移住して約1年後。2016年、関谷さんご夫妻は念願叶って大野に移住した。2ヘクタールの田んぼを借り、そのうちの4反(約4000㎡)は無農薬栽培での米づくりをしている。
「一般的には条件のよい田んぼを借りることはなかなか難しいと聞きますが、私たちはよい田んぼを貸していただけました。山際でありながら、日当たりもよい。ダムが近いので水も自由に使える。米づくりに最適の環境だと思います」
おいしい米が育つ田んぼは、山際の粘土だといわれる。大野の田んぼは、そのとおりの場所。土は重くて硬く、三重の田んぼとは大きく違った。関谷さんは当初、そんな粘土の状態を見極める感覚がつかめず、トラクターに重い土が巻き付いて動けなくなってしまったこともあったという。
「雨が降ったあとなど中途半端な水分量のときが、いちばん気をつけないとまずいですね」
田んぼで動けなくなった関谷さんを助けてくれたのは、近所のベテラン農家の人。大型のトラクターでやって来て、関谷さんのトラクターを引っ張り上げ、さっそうと帰って行ったといい、早紀さんは「かっこいい。救世主です」と目を輝かせる。
大野に移住したのは、実は関谷さん夫妻が初めてのことだった。それでも、もともとここに暮らす人々は温かく、「受け入れてもらっている」と感じていると早紀さんは語る。
「でも、最初はもちろん、私たちがどんな人間かわからないので、みなさんたぶん疑心暗鬼だったようです。アヤシイ若造が来たと(笑)。どうせ長くは続かないだろう、と思われていたようで、“5年続いたら認めてやる”と言われたこともありました」
啓太郎さんはなるべく地域に溶け込むため、地域の組織の集まりには積極的に参加している。田んぼは単独ではなく、水を利用して集落で営むものなので「水利組合」の会合などもある。消防団にも所属し、そのまま飲み会になることも多いという。また、啓太郎さんが意識したのは、米づくりの経験があることを伝えるためにちょっとした会話のなかで「技術的な話をすること」。
10年以上の米づくりの経験があると言っても、なかなか信用を得るのは難しい。米づくりに対する本気度を伝えたいと意識したことが「実は効いていると
思う」という。
「こちらの本気度が伝わると、逆にものすごく応援してくれるんです。いまでも〝応援はするけれど、理解できない〞とも言われますが(笑)」
移住者を呼び込み大野を担っていきたい
田んぼは集落全体でつながり、成り立つ農業だ。しかし、各地で高齢化が進み、田んぼの維持に悩み、委託を考えている人は多い。啓太郎さんはそんな集落の期待を感じ、「なるべく担っていきたい」という。そのためには、自分たちと同じような移住者をあと1組でも、2組でも増やしたいと考えている。
「興味のある人には、移住から田んぼ作業のノウハウまで全部伝えたいと考えています。今年から、農にかかわる人を増やす試みとして、お米農家講座を開催する予定です」
「結農園」という名前は、日本の文化である「結」。つまり、みなで助け合って成り立つ協働の文化を、ちょうどよい距離感でゆるやかにつないでいけたら……というふたりの思いが込められている。
稲作就農一問一答
Q.素人でも稲作で就農できる?
A.まずは農業法人に勤めるのがおすすめです。経験を積んだほうが認めてもらいやすく、収入も得られます。私の場合は農業機械をけっこう壊しましたが(苦笑)、その損失は全部会社持ちなので助かりました。すべて私費だったら……と考えると恐ろしいです。
Q.就農相談はどこにした?
A.うちの場合は、市役所と県の農業事務所に相談しました。農地を借りるためには、けっきょく人のつながりが必要。最終的には「人」対「人」。直談判が多いと思います。
Q.土地選びのポイントは?
A.田んぼは集落で守るものなので、「水利」が重要です。私たちが暮らす大野は、ダムが近いので水を使い放題というところも米づくりにうってつけです。もちろん、おいしいお米の産地が理想です。おいしくないと売れませんから。
Q.就農で大失敗しないためには?
A.とにかくお金をかけないこと。「お金をかけたら負け」! たとえば農業機械を全部新品でそろえるなんて、自殺行為です。私はあらかじめ農機具メーカーに相談し、田んぼをやめる人から中古を一式安い値段で譲り受けました。
Q.米づくりの魅力は?
A.集落全体でつながって成り立つ農業であることが魅力です。
Profile:関谷啓太郎さん(39 歳)
■移住地:千葉県いすみ市
■移住経年数:5年
■移住前の職業/移住後の職業:農業法人社員/農家
■移住後の住居:借家
■家族構成:妻
■収入の変化:三分の二に減少(妻のパート含む)
■地域住民との交流頻度:2 ~3 ヶ月に1回、水利組合や消防団の会合に出席
■支援制度の利用:国の「青年就農給付金」(当時)を使用
■準備期間:1年程度
関谷さんが作ったお米はHPから直接購入することができる。栽培期間中に農薬を一切使用せず、有機肥料のみを使用しているホタル米は白米5kg3,150円(税込)。
所在地:千葉県いすみ市大野1087-5
TEL:0470-75-9012
URL:http://yuinouen.sakura.ne.jp/
就農移住を考える人へ
「ゼロから始めるお米農家講座」をスタート予定!
「お米農家になりたい」「興味がある」という人を支援する講座を、結農園で開催予定。1 泊2日の講座(1 回1万円、3食付き)では、苗づくりから田植え作業などお米の栽培方法を実践と座学で学ぶ。地方移住についてのさまざまなレクチャーも予定。問い合わせは結農園HPから。
※この記事は雑誌「複住スタイル」に掲載されたものを再編集したものです。記載されている内容は取材当時のもので現在とは異なる場合があります。