住まいの古民家の小さな縁側で。この日は3月にもかかわらず、真夏のような青空で気温は25℃を回っていた。家の周りには緑も多く、涼しい風が吹くため、すぐそこに大通りがあることも忘れてしまう

▼沖縄県石垣市/フリーランス・沼田悠子さん 取材・文・写真/橋爪千花

石垣市
人口:
約4万7,000人 面積:229km2 
沖縄県の南部に位置する石垣市は八重山諸島の拠点で、石垣島と尖閣諸島(無人)で構成されている。気候は高温で多湿であることが特徴。美しい自然を活かした観光業をはじめ、畜産業・水産業・農業が主な産業。

一度だけの人生だからこそ選んだ働き方

「2か月のつもりが、気がつけば3年も経っていました」

そう笑顔で話す沼田悠子さんは、茨城県出身。大学卒業後、金融業で6年ほど勤め退職。2008年から3年間インドネシアに移住し、リゾート施設のスタッフや旅行会社、ダイビング業界を転職し、帰国してからは東京で大手広告代理店の営業に就職。自分の理想の働き方を求め、広告代理店を退職したのち、石垣島に移住した。

石垣島に出会ったのは、小浜島で働いていた妹を訪れるために八重山諸島に来たのがきっかけ。初めは2か月の長期旅行のつもりが、知り合いも増え、島の魅力に引き込まれるうちに、気がついたら3年が経った。

旅行が好きということもあり、希望休が取りやすいように正社員ではなく空港のグランドハンドリング、パン屋、飲食店とアルバイトのかけもちを生活の柱としている。自身のこれまでの転職歴といまの働き方に対して「一度だけの人生。私はひとつの会社でひとつのことができる人じゃなくて、どこでも何でもできる人になりたい」と目を輝かせる。

数多くの職種を経験してきた悠子さんが唯一「なかなか踏み出せなくて……」というのが自営業。これまで未知の領域だった分野に、悠子さんはこの島で、いままさにその一歩を踏み出そうとしている。

赤瓦古民家との出会いで拓ける道

悠子さんが暮らす家は、沖縄ならではの赤瓦屋根の古民家。小さな玄関をくぐると、4畳ほどのスペースとダイニングキッチン。そこから寝室に使用している4畳半の部屋とこれから活用予定の6畳の和室へと奥に広がる。

虫やネズミが出てしまうという古民家特有の問題もあるが、とにかく風通しがよく心地がいい。悠子さんのセンスもあり、古民家だということを忘れてしまうほどおしゃれな空間だ。島の玄関口、南ぬ島石垣空港へは車で30分。また、車で5分以内の範囲に小学校やスーパーもあり、利便性に優れた立地だ。

近年、石垣島は移住者の増加や建築費の高騰など、さまざまな要因で部屋不足や家賃の値上がりが問題となっている。悠子さんもまた、部屋探しに苦戦したひとり。
「やっと空室を見つけても家賃が高かったりと本当に困りました」

そんなとき、友人の家に招待された。そうして訪れた家が、いままさに悠子さんが暮らしている古民家だ。赤瓦屋根の家に住むというのは、悠子さんの憧れだった。2019年8月、友人が引っ越すという話を聞き、悠子さんはすぐに不動産会社へ連絡した。しかし、すでに3組の申し込みがあり、キャンセル待ち。諦めかけていたがトントン拍子で悠子さんのもとへ連絡が回ってきた。2019年10月、意を決して賃貸契約を決めた。

現在、悠子さんはこの家で「あかがーらサロン悠遊(ゆうゆう)」のオープン準備をしている。「あかがーら」とは沖縄の方言で赤瓦の意味。まだ使っていない和室や玄関スペースで、さまざまな挑戦をするつもりだ。ものづくりが好きな悠子さんは、精神を統一させながら一本一本糸をかける「糸掛曼荼羅」をはじめ、雑貨や衣類のハンドメイドも得意としている。

島のおじいおばあたちに教えてもらい、自身で山から野草を摘んで、酵素ドリンクや石鹸などを作るほど。目指すのは、「エコ」「ハンドメイド」「健康」などをテーマに、人々が集い、何かを作り出したり語り合ったりすることで、みんながリラックスできる場所・自分に還る場所。

「いざ自分で何かをするとなると、なかなか自信がもてなくて時間がかかっちゃうけど」と初めて踏み出す自営業に不安を感じながらも、不思議な出会いを果たしたこの赤瓦古民家とともに見る夢を語ってくれた。

糸掛曼荼羅で使用するカラフルな糸たち。石垣島には無い色もあるためネットで購入。台は友人が手づくりでプレゼントしてくれた
糸掛曼荼羅は、糸をかける釘を一本一本丁寧にきれいな円を描くように打ち込むところから始まる。大きさは大小さまざま

石垣島は“ご縁”の島

「人も物も場所も、すべて〝ご縁〟で成り立っていると思うんです」。そう話す悠子さんがこれまで過ごしてきた3年間は、楽しい日々ばかりではない。人口5万人弱という小さなコミュニティゆえの問題や悩みに何度も頭を抱えてきた。そんなとき、決まって助けてくれるのが、長期滞在でお世話になった民宿の奥さんや、本当の家族のようだと語る老舗食堂のお父さんお母さん、何かあったときに駆けつけてくれるこの島で出会った友人たち。

「逃げ出したくなったときに、もう少しこの島でがんばってみようと思えるのは、いつも支えてくれる人たちの存在があるから。いいことも悪いこともすべて〝縁〟なのだなと感謝できる。これまでいろんなところを転々としてきたけど、石垣島にきてやっと自分の居場所を見つけたと思えた」と、優しい表情で悠子さんは言った。

そんな話をしていた矢先、ある女性がひょっこり顔をのぞかせた。「整体に行った帰りに寄ってみたさぁ」。悠子さんが石垣島に来てすぐにお世話になった民宿の奥さんだった。悠子さんが一軒家での暮らしを始めてから、こうしてふらっと立ち寄ってはゆんたく(おしゃべり)をして帰っていくそうだ。

「いま取材でちょうどヤエコさんの話をしていたの!」。このような偶然も、彼女がすべては〝縁〟だと言い切れる証のひとつなのだろう。

移住当初、お世話になった民宿の奥さん。いまでも大の仲良し。この日は家の前に桜の木があることに二人で大盛り上がり

月に数回はイベントへ出店。接客が得意なためイベント出店をひとりで任されることも

島に住むということ

石垣島に移住を考えている人へのアドバイスを伺うと、少し考えて彼女は言った。「この島はパスポートがいらない外国です」。それがゆえに、「よし、家を見つけて住むぞ! という強い気持ちで来ないほうがいい」と語る。悠子さんは〝島に住む〟という強い願望を持って来た人ほど数年で島から離れてしまうと感じている。

「離島暮らしはやはり収入の面や文化の違いなど難点がある。最初は旅行の延長線上で長期滞在して、島をちゃんと知って働いて、たくさんの人とかかわってから本当にその場所に〝住む〟のかを考えるのもいいと思います」

悠子さん自身も〝石垣島に移住した〟という意識が芽生えたのはいまの家を契約してから。この家に住み始めたことは、彼女が石垣島に住む決意の大きな表れなのだ。

最後に今後の生き方について聞くと「島でのこれからの生活もだけど、もっと見たい。世界を、私は見たい」。どの言葉よりも力強い言葉だった。年を重ねれば体力的にも大好きな海外旅行が容易ではなくなるが、島に根づくことと並行してさまざまな国へ行き、いろいろな世界を見たいという。

石垣島という小さな島で本当の意味で暮らし始めた悠子さん。どんな場所でも自分らしさを大切にする生き方に、これからも素敵な縁が引き寄せられるのだろう。

赤瓦古民家の暮らし一問一答

Q.暮らしてみての感想は?

A.古民家ゆえ、ネズミや虫が出ることもありますが、風通しもいいのでとても居心地がいいです。駐車場がついてるのも助かる。何より、赤瓦一軒家はずっと憧れで、めったに住めない場所なので本当に住めてよかったです。

Q.どんな家にしていきたい?

A.店舗や事務所としても利用OKなのも魅力のひとつで「あかがーらサロン悠遊」をオープン予定。「エコライフ」や「ものづくり」に関するワークショップなどを開催して、みんながリラックスして自分に還れる場所になればいいなと思っています。

赤瓦屋根は、島の貴重な文化のひとつだ

Profile 沼田悠子さん(42歳)

■移住地:沖縄県石垣市 ■移住経年数:3年2ヶ月 ■移住前の職業/移住後の職業:大手広告代理店で営業/空港グランドハンドリング、パン屋、飲食店など ■移住後の住居:民宿(2年半)→シェアハウス→2019年10月から念願の赤瓦一軒家 
■家族構成:一人暮らし ■収入の変化:大幅に減 ■地域住民との交流頻度:多いほうだと思う。旧盆や旧正月など地域行事へも参加 ■支援制度の利用:なし ■準備期間:なし。短期滞在のつもりだったが住み着いてしまった

移住前後の相談は「ゆんたくガーデン」へ

閑静な住宅地に佇む赤瓦の伝統的琉球古民家を拠点に活動する「ゆんたくガーデン」。古民家は会員制サロンとして開放している。八重山の自然・文化の保護・普及活動を行うほか、移住定住促進の活動も行っており、石垣市や沖縄県の委託を受けて移住体験ツアーなども実施。移住希望者の相談にものってくれる。

一般社団法人ゆんたくガーデン

沖縄県石垣市平得305-1
0980-87-0002

https://www.yuntaku-garden.net/

※本記事は複住スタイルVol.1に掲載されたものをWeb用に投稿したものであり、雑誌掲載時と内容が異なる場合があります。