働き方の多様化が進むにつれて、ワーケーションという言葉は浸透しつつある。しかし実際のところ、自社がワーケーションを導入した場合の先行きや見通しが不透明で、推進をためらっている社内担当者の方も多いのではないだろうか?
そこでこの記事では、ワーケーション導入を検討している社内担当者の方に向けて、導入を進めた企業の事例や、事例から見た成功するために大切なポイントを解説する。
加えて、ワーケーションを推奨している自治体についても一緒に確認しておこう。
コロナ禍で注目の集まる「ワーケーション」
休暇と仕事の両立を目指す「ワーケーション」。明確な定義のない言葉だが、普段とは異なる場所を休暇として訪れ、心身を休めつつ短時間の業務も行うことを主に指す。
近年は、コロナ禍によりテレワークやリモートワークが浸透するなかで、オフィス以外の場所からの勤務も当たり前になりつつある。あわせてワーケーションの注目度も増加中だ。
今回は「ワーケーションを成功させるためには何が大切なのか」を解き明かすために、推進企業や自治体の事例を見ていこう。
なお、ワーケーションという用語のそもそもの詳細については、以下の記事もあわせて参考にしてみてほしい。
企業のワーケーション事例5選
まずは、企業のワーケーション事例から見ていこう。今回は以下の5つの企業について紹介する。
- ユニリーバ・ジャパン
- 日本航空株式会社
- 株式会社LIFULL
- 株式会社NTTデータ経営研究所
- 株式会社内田洋行
ユニリーバ・ジャパン
世界最大手の消費財メーカーであるユニリーバ。最初に紹介するのは、その日本法人のユニリーバ・ジャパンだ。
ユニリーバ・ジャパンでは、2016年7月から「WAA(Work from Anywhere and Anytime)」という制度を導入し、ワーケーションを支援している。
これは上司への事前申請により、会社以外の場所から、自由な時間帯(5時~22時の間)に働けるユニークな仕組みだ。社員はそれぞれ思い思いの環境で業務を遂行できる。
2019年7月からは、「地域 de WAA」という自治体との連携を密にしたワーケーション制度も導入。
所定条件下で提携施設の宿泊費が無料になるなど、社員がよりワーケーションに挑戦しやすい環境を整えている。
【ポイント紹介】
- 労働時間や労働場所の制約を減らし、ワーケーションを推奨
- 宿泊費など金銭面での間接的な支援も実施
日本航空株式会社
JALの名称でお馴染みの大手企業、日本航空株式会社。同企業では、2017年から有給休暇中のテレワーク参加を許可する「休暇型ワーケーション」を導入している。
もともと日本航空株式会社では、2015年から社内の働き方改革に取り組んでいた。しかし、一部社員の有給休暇取得率がなかなか上がらず、社内の課題となっていた。
有給休暇が取得されない理由を調べたところ、長期間業務に穴を空けることへの不安や抵抗がある社員が多いと判明。
そこで、休暇先からも業務に参加できる体制を整え、不安の解消を図った形だ。
結果、ワーケーションを実施する人数が増加し、「モチベーションがアップした」などと社員から好評の声も届いているそうだ。
【ポイント紹介】
- 休暇先からのテレワークを許可し、気軽に有給休暇を取得しやすい環境を作った
- 制度開始当初(2017年度)の利用者はわずか11人、しかし2020年度には延べ人数で約400人以上が利用
株式会社LIFULL
日本最大級の不動産・住宅情報サイト「LIFULL HOME’S(通称:ホームズ)」を提供している、株式会社LIFULL。虫眼鏡を覗き込むお馴染みのキャラクターを目にしたことのある方も多いだろう。
同企業は2020年10月より、自宅とオフィス以外の第3の就業場所として「LivingAnywhere Commons(以下、LAC)」を導入した。LACは全国にあり、社員は好きな1ヶ所を選んで業務に参加できる。
つまり、LIFULLの社員は「今月は○○地方を訪れてみよう!」と好きなLACで仕事を行いつつ、業務時間外には余暇を楽しめる。ワーケーションの極みともいうべき羨ましい制度だ。
LACの拠点数は、導入直後には全国10ヶ所だったが、2023年10月までに100ヶ所以上に増やそうと目指しているのだそう。
毎日、気分で出社場所を変えられる日も、そう遠くはないのかもしれない。
【ポイント紹介】
- 自宅とオフィス以外の就業場所を企業が用意している
- 有給休暇中だけではなく、毎日でもワーケーションを楽しめる
株式会社NTTデータ経営研究所
株式会社NTTデータ経営研究所では、2022年より「ON/OFFiceTM」と呼ばれる独自のワーケーション制度を導入している。
同制度の最大の特徴は、社員が自ら内容(企画)を考え応募できること。会社がワーケーションの形態を決めるのではなく、各自の自由な発想のもとにワーケーションを目指す。
今回は2022年5月から11月にかけて、8グループ(全43名)が参加。なかには早朝のゴルフ&テレワークの掛け合わせといったユニークなプランもあったそうで、興味が惹かれる。
同社の脳科学分野の専門家「ニューロイノベーションユニット」の分析によれば、ワーケーションの結果として、参加者の仕事のパフォーマンス・ワークエンゲージメント・組織コミットメントの3点にポジティブな影響が見られたそうだ。
【ポイント紹介】
- あえて企業側からワーケーションの内容を指定せず、社員の自由な発想を求めている
- ワーケーション実施後に、社内の専門家による効果測定を行っている
株式会社内田洋行
学校教育や情報システムにまつわる専門商社、株式会社内田洋行。
同企業は2020年9月に、宮崎県丸森町がワーケーション施設を作るために行った、実証実験としてのワーケーションへと参加した。
本ワーケーションはチームで1週間参加し、森林療法や時間有給を活用しつつチームビルディングを目指すもの。
参加の結果、社員同士のコミュニケーションが活発となり、より結束が生まれている。
また2021年12月には、今度は山形でワーケーションに参加するなど、確かな効果を実感されているようだ。
ワーケーションは個人で行うものというイメージもあるが、このようなチームとしての向上を達成した事例もある。
【ポイント紹介】
- 1週間、チームビルディングを目指して行われたワーケーション
- 個人の気分転換やリラックス以外にも、集団での効果(コミュニケーションの活発化、結束力の強化)を獲得
自治体のワーケーション事例3選
続いて、今度は自治体がワーケーション実施先として、企業や労働者を迎え入れようとしている事例を見ていこう。
ここでは、観光庁にて公開されている推進事例から3つをピックアップして紹介する。
和歌山県
和歌山県は、もともとIT企業を積極的に誘致していた自治体だ。2019年には長野県とともに「ワーケーション自治体協議会」を設立。
同団体には当初から65の自治体が参加するなど、ワーケーションを主体的に推進してきた県として知られている。
和歌山県では、受け入れ環境の整備と情報発信の強化の2点を柱とし、ワーケーションの環境を整えるべく活動しているのだそう。
また、希望者と地元(企業や人々)をつなぐコーディネーターも配置して、興味を持った方から随時相談を受け付けている。
【ポイント紹介】
- 受け入れ環境を整えるだけでなく、外部への情報発信にも注力している
- 希望者と地元をつなぐコーディネーターを配置し、スムーズなやり取りを実現
北海道北見市(きたみし)
北海道北見市では、大海を泳ぎ故郷へ帰ってくるサケをイメージした「サケモデル」というワーケーション施策を進めている。
サケモデルとは、地元の国立北見工業大学を卒業して都会へ出た学生などに、将来的に帰ってきてもらうための施策。
北見市にIT企業を多数誘致することで彼らの就職先を確保し、ワーケーションの拠点としての繁栄を目指す取り組みだ。
具体的な施策として、北見市では商店街の空き店舗をサテライトオフィスに改装した結果、年に2,000人~3,000人ほどが利用しているのだそう。
一軒家を借りてワーケーション施設にした企業も登場するなど、取り組みは着実に進んでいる。
【ポイント紹介】
- 一度都会に出た学生に、地元へ帰ってきてもらおうとする広義のワーケーション
- 商店街の空き店舗をサテライトオフィスにして再利用
長崎県五島市(ごとうし)
受け入れる人と訪れる人の両方が喜ぶ姿を目標に、「心かようワーケーション」を目指しているのが長崎県五島市。
釣り人の多さで知られるこの町では、もともと海を見ながらパソコン片手に仕事をしている方が多かったそう。
そこで、2020年に「五島ワーケーション・チャレンジ2020」を開催したところ、宿泊費などは参加者負担にもかかわらず定員以上の応募が殺到。そのニーズをあらためて実感したのだとか。
同チャレンジ内では、各々が食べ物や飲み物を持ち寄る「ポットラックパーティー」により、地元の方と参加者とが交流。
地元の名産品をネット販売する方法について熱く議論するなど、有意義なやり取りが生まれている。
現在も継続的に、ワーケーション参加者と地元の方が刺激を与えあえる仕組み作りを進めているそうだ。
【ポイント紹介】
- ワーケーション実施者のみならず、地元の方にも目を向けている
- ポットラックパーティーを開催するなど、交流の場を自治体が用意
事例から見るワーケーション成功のポイントは?【企業・利用者視点】
ここまで、企業と自治体それぞれのワーケーションの事例を紹介した。では最後に、事例から見るワーケーション成功のポイントをチェックしていこう。
今回は企業視点と利用者視点、それぞれから紹介する。
企業視点
企業視点では、以下の3点がワーケーション成功のために大切となる。
- 場所に左右されず働けるITシステムの導入
- 新しい人事評価制度の構築
- 先駆者の声を取り入れ改善していく
場所に左右されず働けるITシステムの導入
ワーケーションの大前提となるのが、遠隔地から勤務するためのITシステムの導入。そもそも業務を遠方から円滑に行えなければ、ワーケーションの成功は難しい。
クラウドソフトやビデオ会議ツールを適切に用意するのはもちろんのこと、セキュリティ面にも気を配りたい。
特に情報の流出は、現代では一大インシデントとなってしまうため気をつけよう。ツールの導入に加えて、社内での啓蒙活動も必要となるだろう。
新しい人事評価制度の構築
仕事用のITシステムに加えて、新しい人事評価制度の構築も求められる。
従来の勤怠評価をそのまま活用した結果、ワーケーションとオフィス勤務で不公平感が生まれてしまえば、社内のモチベーションも下がる。
ときにはワーケーション制度の利用自体をためらう空気も誕生してしまうだろう。
労働時間ではなく仕事の成果が十分に評価されるなど、働き方よりも業務の質に目を向けられるような改革が必要となる。
先駆者の声を取り入れ改善していく
企業視点でもうひとつ大切となるのが、先駆者の声を取り入れて改善していくこと、すなわち長期的な視点だ。
ワーケーションでは初年度の利用者は少なく、年数が経つほどに浸透する形も想定される。いきなりすべてをうまく進めようとしては、計画が頓挫してしまうかもしれない。
まずはトライアルとしてワーケーション制度を導入し、参加者の声に耳を傾けたうえで、随時制度を改善していきたい。
利用者視点
一方の利用者視点では、以下の2点がワーケーションの成否を左右するポイントだ。
- 仕事のオン・オフを明確にする
- リモートワークに慣れておく
仕事のオン・オフを明確にする
もっとも大切なのは、仕事のオン・オフを明確にすること。ワーケーションは仕事と休暇の良いとこ取りを目指す仕組みで、成功のためには両方を上手にこなす必要がある。
例えば、休暇中に仕事のことが頭を離れなかったり、あるいは仕事中に休暇のことを考えて集中できなかったりするようでは、ワーケーションは失敗だ。
「○○時~○○時は働く」といったように、はっきりとラインを決めておきたい。
リモートワークに慣れておく
そもそも、ワーケーション以前にリモートワークが自分に向いているのかも確かめておきたい。
コミュニケーションの難しさや孤独感などから、オフィス出勤が自分には性に合っているという方もいる。これは良し悪しではなく、適正の問題だ。
自宅や近所の施設からリモートワークを行うなど、本格的なワーケーション前に予行演習をしておこう。
ワーケーションの際に何を持って行くべきか、何に気をつけるべきか、といったポイントもつかみやすくなるだろう。
事例の分析がワーケーションを成功させる第一歩に
この記事ではワーケーションについて、企業・自治体それぞれの事例や事例から見る成功のために大切なポイントを解説した。
ワーケーションの内容は各社ごとにさまざまで、まだまだ多くの企業が手探りの段階だ。
紹介した内容を参考に、ぜひ自社にふさわしいワーケーションの考案を目指してほしい。最初から完全な成功を目指さず、長期的に改善する姿勢も大切だ。