日本を飛び出し世界の街で暮らす人々。
異国の地でどのように暮らし、何を想うのか。彼らの言葉から、新しい土地で自分らしく生きるヒントを見つけよう。
写真・文 マグラス美希
自然とともに生きる農場生活
800haのセミオフグリッドの農場でヤギを約150匹、アルパカ、ニワトリやガチョウを飼いながら夫婦で建築業を営む兼業農家をしています。
ここでの暮らしは日本では想像できないようなことばかりです。町には小さな商店があるだけなので、買い物は150㎞ 離れた街まで月2回程度。せっかく買った野菜も1週間で鮮度が落ちてしまうので、新鮮な野菜がいつでも食べたいと2年前から家庭菜園を始めました。肥料には家畜の糞やコンポストを使う完全な無農薬栽培で、いまでは約30種類の青果と130本の果樹を育てています。
カンガルーなどの野生動物や虫に食べられてしまうことも多いのでこの規模になりました。そもそも自然界にあとから入ってきたのは人間なのだから独占するのはおかしい、というのが夫の考えでもあり、人間と野生動物で半分ずつという感覚です。
また自然災害に見舞われることも。2年前にはブッシュファイヤーで農場の半分以上が焼けてしまい、その後2年間は干ばつに遭いました。この地域には水道が通っていないので雨水が生活と農業用水になりますが、この2年間はどこも水不足で大変でした。まさに自然のなかで生きるということの厳しさを知った出来事です。
普段の農作業や建築仕事では、そのときの天候や風向きによって仕事内容が変わります。家には時計がなく、基本的に日照時間が仕事時間でお腹が空けば食事を摂り、疲れたら眠るという生活です。
英語で人生の選択肢を広げる
今年で在豪7年目ですが、実は28歳まで海外旅行にも行ったことのない仕事一筋の人間でした。
そんな私の人生を変えたのが2011年の初の海外旅行ウガンダ。貧困村でボランティア活動をする友人を訪ねるものでしたが、そこで自分の住んでいる世界の狭さに気づきました。英語が話せれば友だちも仕事も住む場所も人生の選択肢が広がるということを知ったのです。
旅行から戻るとすぐに英会話教室に通いだすも物足りなさを感じ、その年度末には6年間勤めた教員を退職してカナダへ語学留学。カナダ滞在中にはいろんな所へ行き、農業への関心が強まりました。
そして帰国から10か月後にはワーキングホリデーでオーストラリアへ渡り、農業従事者としてワークエクスチェンジをしました。ワークエクスチェンジとはヘルパーとして農場の手伝いをし、その代償としてホストが無料で宿と食事を提供するシステムです。これをいろんな農場で経験し、多くの価値観に触れていくなかで『自然のなかに身を置いて、自分の手で生活を作っていきたい』と将来のイメージが湧いてきました。
そんななか似た価値観を持った夫に出会い国際結婚をし、いまに至ります。農場持ちの夫の家に嫁いだことがいまの生活の原型ですが、これは人生の選択肢を広げるために自ら動いた結果引き寄せた運命だと信じています
自分を大切に生きる
オーストラリアに来て自分で変わったと思うのは、自分を大切にするようになったことです。日本では他人や仕事優先で生きてきましたが、こちらでは自分や家族を優先する習慣があります。
仕事をしていても取引先が休暇中で資材が手に入らないことはよくありますし、私たちが休暇を取って仕事を引き延ばすことも。しかし、お互いさまということで誰も文句は言いません。仕事のために生きているのではなく、休みたいなら休めばいい、そしてまた元気になって働けばいいという考えです。
はじめはこの考えに抵抗がありましたが、倣ってみ
るとなんと気持ちのいいこと! これは仕事だけでなくプライベートにも当てはまるので、自分を追い込むことなく生活にゆとりがあります。そのせいもあってか、日本の家族から表情が柔らかくなったと言われるほどです。
ブレマーベイ事情
オーストラリアの西部、西オーストラリア州の小さな町。州都パースから南東に500km下った沿岸部にあり、人口500人ほど。白い砂浜と透明感抜群の青い海を目当てに夏とスクールホリデー期間は観光客でにぎわうが、普段は店舗も閉まってしまうほど静かな農の町。2022 年に映画化される小説『Blueback』のロケ地にもなっており、筆者は地元民としてエキストラ出演。
Profile
マグラス美希(まぐらす・みき)
2015年にオーストラリア人の夫と国際結婚。夫婦で建築業を営みつつ、ヤギやアルパカなどを世話する兼業農家で環境にやさしい持続可能な生活を目指している。そんなオーストラリア生活の様子はブログ『ナイーブなME は兼業農家』で配信中。https://www.naiveme.net
※この記事は「複住スタイルVol.3」に掲載したものを再編集したものです。発刊当時と事情が異なる場合がございますことご了承ください。