移住も独立も、迷っていたらみんなが背を押してくれた

佐賀県小城市/「創作和菓子 ひかり」代表嘉村光平さん
取材・文/嶺月香里 写真/村上未知

小城市 人口約4万5,000人 面積95.81km2
佐賀県のほぼ中央にあり、北部は天山山系、中央部は肥沃な平野と水路の広がる水田地帯、南部は有明海に面している。江戸時代には、小城鍋島藩の城下町として栄え、長崎出島から入った砂糖の通り道であったことから羊羹が名産に。


突然に訪れた空き物件の情報

いずれは地元に帰って、和菓子店を開きたいと思っていました。最初は福岡あたりの店で働きながら、物件を探そうかな、と」と話す、「創作和菓子ひかり」の嘉村光平さん。佐賀県小城市に生まれ、高校で調理師免許を取得。パティシエを目指して大阪の専門学校で製菓を学ぶが、そこで和菓子の魅力に目覚め、修業先は大阪の和菓子店「菓匠あさだ」に決めた。

19歳で就職し、職人としての腕を磨き上げ、製造部長として活躍していたとき「家の近所にいい物件が出た」と母から連絡があった。それが「ひかり」の前身である和菓子店「高木まんじゅう」だ。話を聞いた翌月、店の冬休みを利用して里帰りした際に高木慶隆さんと初対面する。

「高木さんのことを教えてくれたのはお店の常連だった母の友人でしたが、実は自分も小学生のときに高木さんの肉まんを食べたことがあって。その話をしましたら、とてもうれしそうでしたね」

高木さんの感触は上々、だが嘉村さんのほうには迷いがあった。大阪と違って人口の少ないこの街で、ちゃんとやっていけるのか。家族を養っていけるのか……。

「どうしようかと3か月ほど返事を保留にしていたのですが、決意しました。こんなチャンスはそうそうないし、勤めていた店の社長も快く応援してくれた。反対する人がひとりもいなかったんです」

春の新作・桜餅は桜葉でもちを包んだものと、桜葉をあんに混ぜたオリジナルの2 種
春限定の「いちご餅」200円。みずみずしいいちごに白あんを合わせた人気商品
和菓子の製作は嘉村光平さんが、販売は妻の早紀さんがきりもり。「社用の購入が多かった大阪と違い、小城ではご近所の手土産など和菓子が人間関係のツールになっています」
若い世代の移住も増え、子どものおやつにと立ち寄るお母さんから、昔からの常連であるご年配まで客層は幅広い

残したい味があった

実はこの物件、購入したいという声が何件も上がっていたのだが、売主である高木さんがなかなか首を縦にふらなかったという。嘉村さんが物件の話を聞きに行ったとき、高木さんは「自分の若いころのようだ」と思ったそう。そして「光平君が直接店に来なかったら承諾してなかったよ」と話す。

店を受け継ぐにあたって、高木さんからお願いがあった。常連さんのために、まんじゅうは作り続けてほしい。その際、化学調味料や保存料は使わず、あんの配合は守ること。しっかり甘いあんこそ和菓子の基本なのだと。それを聞いていなかったとしても、嘉村さんは高木さんのまんじゅうを食べたとき、「この味を残したい」と素直に思った。

店名も作り手も変わり、まったく新しい店になったが、その地で愛されてきたお菓子がいまも同じ製法で作られ、食べ続けられる。地元の人にとっても、高木さんにとっても、なんと幸福なことだろうか。

大阪で製造部長という責任のある仕事をしていた嘉村さんは、開店1か月前まで退社できず、両親と祖母の住む実家に引っ越したのは開店日の2週間前。小城に帰ってからは、高木さんにまんじゅうとあんの製法をみっちりレクチャーしてもらい、自身の出したい菓子の準備も進めた。

「売買契約や工務店との打ち合わせは、父親が進めてくれました。高木さんが紹介してくれた地元の銀行が地方移住支援で金利の引き下げを行っていたので、考えていたより安く済んだかな。店の販売スペースはリフォームしましたが、厨房は床を貼りなおしたくらい。

餡練機や蒸し器など、ほとんどの道具を置いていってもらえたので、新たに導入したのは冷蔵庫と冷蔵陳列の一部だけ。イチからそろえる必要がなく、本当に助かりました。いまも折々に高木さんが店に来てくれるので、季節で生地の発酵具合が異なる製法の難しい酒まんじゅうなど、相談したり話が聞けたりするのも心強いですね」

ときおり店に立ち寄ってくれる高木さん。「酒まんじゅうは季節によって製法が異なるので、大先輩である高木さんに相談できるのはとてもうれしいし、助かります」と話す嘉村さん
受け継いだ蒸し器で、少年時代に嘉村さんが食べた肉まんをいまも変わらぬ製法で蒸し上げる。「まんじゅうの生地づくりは天候や湿度で変わるので、経験が必要」と話す嘉村さん
ファンが多いので作り続けてほしいとお願いされた「チョコまんじゅう」、「酒まんじゅう」、「玉子まんじゅう」

小城に根付く菓子を創作

嘉村さんが自身の店でやろうと決めていたのは、地元の食材をなるべく使うこと。佐賀特産のいちごを使ったいちご大福は、「ひかり」の看板商品だ。春は地元ブランドのいちご「いちごさん」、夏はシャインマスカットなど、農家へ直接足を運んで手に入れた旬のフルーツに、もち米・米粉も佐賀県産を使っている。

「小城で店をやれてよかったのは生産者さんと近いこと。農家さんと直接話ができ、品種や作り手でどれだけ違いが出るのかなどを知ることができます。素材そのものの味を活かそうと、大阪時代よりもフルーツに対する意識が高くなりましたね。菓子職人としての成長と変化を自分でも感じます」

現在はいちご農家の「藤川農園」とコラボして、ふるさと納税の返礼品になるような地元のお菓子を創作中だそう。

「店を開いて一年がたちましたが、台風や猛暑など天候が悪いとパタンと人出が落ちる。ついでに立ち寄る店ではなく、ここに来るために外出するような店にならないと。そういう商品を作らなければいけないと痛感しました」

大都市・大阪で培った技術を駆使し、地元の生産者の思いを形にした新しいお菓子。小城の新しい銘菓が生まれるのは、そう遠い未来ではないだろう。

「いちごの名産地・佐賀のなかでも、格別においしい」と絶賛する藤川農園へ。生産者との距離の近さも、移住の大きなメリットに。農園とのコラボ商品も開発中だ

子育てするのにも安心

大阪出身の妻の早紀さんは、地元から離れることに不安はなかったのだろうか。

「夫婦で店をやれることが楽しみで、私自身に不安はまったくありませんでした。ただ、子どもたちが慣れてくれるかだけが心配でしたね」と話す早紀さん。まず最初に保育園を探したが、年々、若い世帯の人口が増えている小城市では入園できず、車で10分程度の隣町・多久市で見つかった。

「大阪時代は娘と息子が同じ保育園に入れなくて。しかも車でのお迎えが禁止だったんです。私は京都で働いていたのですが、時短勤務にして自転車でお迎えに行っていたので、もう大変で!」

小城に来てからはお迎えはお義母さんと早紀さんが交代で行き、ずっと楽になった。子どもたちはすぐに新しい生活に慣れ、元気いっぱいに過ごしている。「車さえあれば生活に不便さは一切ありません。大きな公園があるので、普段の休日は公園でのんびり過ごしています。車道が遠いので、大阪時代よりずっと安心。ときには福岡や長崎の水族館に遊びに行って、休日も満喫しています。

大阪の友だちとはSNSでつながっていますし、お店でたくさんの人と出会えるので、寂しい思いもしていませんね」と早紀さん。

店づくりも子育ても、これからが楽しみと目を輝かせていた。

子どもたちが元気に遊ぶ豊かな自然と田園風景

家の目の前のあぜ道で元気に遊ぶ嘉村さんの子どもたち。「ここは豊かな田園風景が魅力で、農業で移住したい人にもおすすめですよ。市役所の人も優しく、都心にはない温かい人間関係が築けています」と嘉村さん
継業に関して積極的にサポートしてくれた嘉村さんのご両親。4世代という大家族で仲良く暮らしている

創作和菓子 ひかり
主に佐賀県産の素材を使用し、季節感を大切にした和菓子を手づくり。地元のジューシーないちごを白あんで包んだ名物の「いちご餅」200円は12 ~ 4月下旬まで販売。佐賀県産のもち米ヒヨクもちを使用した「黒豆大福」130円や、ふわふわの生地の「酒まんじゅう」130円、ほか。
所在地小城市小城町自在269-6
TEL 0952-72-1311 
営業時間9:00 ~ 18:00
定休日火曜

Profile
嘉村光平さん(31 歳)
■移住地:佐賀県小城市 ■移住経年数:1年2 ヶ月
■移住前の職業/移住後の職業:職人として和菓子店勤務/和菓子店経営 
■移住後の住居:実家の一軒家 
■家族構成:7人(祖母、父、母、自分、妻、娘、息子) 
■収入の変化:増 
■地域住民との交流頻度:町のイベントには、店内でできることであれば参加している。 
■支援制度の利用:なし ■準備期間:約1年


継業移住を考えるなら

地方の中小企業の後継者不足は深刻で、経営が安定していて顧客が確保されていても廃業に追い込まれるという例は少なくない。そんな経営を引き継いで、地方で開業するのが継業移住だ。事業引継ぎポータルサイト( https://shoukei.smrj.go.jp/)では、都道府県別に事業引継ぎ支援センターを案内。興味がある人は希望移住地のセンターに問い合わせてみよう。

※この記事は雑誌「複住スタイル」に掲載されたものを再編集したものです。記載されている内容は取材当時のもので現在とは異なる場合があります。