福岡・博多阪急の開業13周年イベントの一環として2月28日(水)~3月5日(火)に開催された、ZEN EXHIBITION「Living Things-日常に潜むモノ-」と題されたZEN展。
日本初のプロパルクール選手でアーティストでもあるZENさんの巡回展で、彼の世界観がうかがえる写真やデザイン、映像などの作品を展示・上映します。
アーティスト・パルクールアスリート ZEN(ゼン)さん
ZENさんは東京・目黒生まれの目黒育ちで、現在は福岡・北九州に居を構え、ロサンゼルスやバンコクなど海外にも拠点を持つ多地域居住者です。
15歳で出会ったパルクールの魅力、アーティストへ転身した理由、そして福岡を中心にした今の暮らしぶりを探ってみました。
ZEN(ゼン)さんとパルクールとの出会い-15歳で受けた衝撃-
2020年、27か国の選手が参加したパルクール世界大会で見事、優勝をとげたZENさん。日本人として初の快挙でした。そんな彼とパルクールとの出会いは15歳、中学3年生の時に出会ったひとつの映像だったそうです。
「ゲームやアニメが好きで帰宅部だった僕が、同じ趣味の友達に、これすごいからと見せてもらったのがカルフォルニアを拠点にしている人たちの、かっこいいパルクールの映像だったんです。
何、これ、ゲームみたい、人間の動きじゃない、と思い強烈に引き込まれました。手すり、壁、ベンチなど日常にあるものを使って信じられない動きをする。
何でこんなことができるんだろうと衝撃を受けましたが、同時に、自分も同じ人間なんだから同じことができるんじゃないかと思い、学校帰りに公園で見よう見まねでやってみたんです。
もちろん、同じことができるわけがないんですが、それがとても楽しかったんです」
高校へ進み、ますますパルクール(らしきもの)に夢中になるZENさんでしたが大きな問題がありました。
「当時、日本語でパルクールを解説したものがなかったこともあり、何回やっても足が痛かったり、思うように移動できなかったりとどうしてもコツがつかめない。
これはもうアメリカに行って直接教えてもらうしかないと決心し、一人でカルフォルニアへ向かったんです。それが高校1年生の夏でした」
WEBサイトで見つけたアドレスにメールは送っていたものの返事はなく、泊まるところも決めず、しかしチケットは取っていたので、映像で見た練習拠点の公園に行けば彼らに会えるだろうと、大した確証もなく渡米しました。若者らしい、なんとも大胆な行動です。
ところが運のいいことに飛行機を降りると返事が来ていて、指定の場所に向かうと「本当に来たのか」と歓迎してもらえたそうです。
「そこで僕の動きを見てもらったのですが『君のやっていることは自己破壊だ』と言われました。
パルクールとはそもそもトレーニングの一種で、自分にできる範囲を知り、どうしたらより向上できるかを理解することが重要で、怪我をしては意味がないと」
そもそもパルクールとはどんなものなのでしょうか。
日本で紹介され始めたころは、ビルとビルの間を飛んだり、危険な場所で倒立したりなど、「命知らずの世界の若者たちの間ではやっている遊び」というあぶないイメージのものでした。
しかし、実際のパルクールはフランス発祥の、走る、跳ぶ、登るなどの移動動作で心身を鍛える「スポーツ」です。
街や森などで自由にスタートとゴールを決め、その間の移動方法を探求する「芸術」としての側面もあります。
そして体力、バランス、空間認識力、創造的視点などを鍛えることで身体的、精神的な限界を理解し、それを克服する方法を模索するという「哲学」的な要素もあります。
プレイをさせてもらう街や自然に敬意を払う「感謝」も大切です。
「彼らと接しトレーニングやバルクールの思想を学ぶうちに、僕のやっていたのは表面的な動きを真似ているだけと気づきました。
そしてそのままメンバーの家に泊めてもらいながら、夏休みの1か月をアメリカで過ごしたんです」
ZEN(ゼン)さんが世界チャンピオンからアーティストへ転身した理由
帰国した16歳のZENさんはますますパルクールにのめりこんでいきます。
同時に日本にも本物のパルクールを伝えたいと思い、自分から発信する方法を探り始めました。スタントマンやCMなどの仕事を続け、実力がついたと感じ始めた2012年、日本でパルクールの世界大会が行われることになりました。
これはスポーツパルクールと呼ばれる競技の大会で、本来は競争という概念が存在しないパルクールに特定のルールを設け勝敗を決めるものです。
すそ野を拡大するために考えられ、スピード、フリースタイル、スキルの3種目があります。
「この大会に18歳の時に初参加したんですが、予選を1位で通過したんです。そしたら、あいつは誰だと、ちょっと注目を浴びて、最終的には5位になりました」
そして翌2013年、国内で最初のパルクールのプロ選手となりました。
その後、アジア人初の全米チャンピオン、世界シーンをけん引するインターナショナルチームへの加入、アクション映画への出演などを経て、2020年、ついに世界チャンピオンへと昇りつめたのです。
「この間にパルクールを取り巻く環境は大きく変わりました。日本各地に体験施設が作られ、飛んだり跳ねたりの遊びの延長で、体操より難しくなく面白そうということで特に子どもたちが増えました」
すそ野が広がる喜びを語るZENさんですが、彼には別の感情がありました。それは「正解があるものは自分に合わない」という気持ちでした。
「競技はルール化が進んだため窮屈で、自分らしい表現ができなくなってしまったと前から感じていました。
ただ、スタッフや家族への感謝の気持ちがありましたので、結果がでたらやめようと決めていたところ世界タイトルを獲得できたんです」
これを機に競技としてのパルクールをやめ、ZENさんはアーティストへと転身します。
ZEN(ゼン)さんも登場!身体表現の写真と心象表現のドローイング・立体作品
ZENさんのアートの基盤はもちろんパルクールにあります。
「僕とパルクールの出会いは一つの映像作品で、それを見て、僕の心のカギが開いたんです。そしてそこから僕はプロにまでなりました。
だから原点は派手でかっこよくわかりやすく『すごい!』となる動画なんですが、実際にプレイしてみると、『ここを見て!』という瞬間があるんです。それは写真が一番表現できると思ったんです」
動画は一瞬で終わってしまいますが、写真はじっくりと見てその前後を予想してみたり、余白を楽しんだりと、想像力やイマジネーションが広がる表現方法です。
そしてZENさんの作品は写真の中に本人が登場するというコンテンポラリーアート。見せたいことを自分の身体で表現するので、見どころは「ここ!」というのを端的に表すには最適です。
時に美しく、時にダイナミックに、配置とポージングを決め撮影に挑みます。
「僕の写真作品はジェイソン・ポールというドイツ人のカメラマンとの共同作業です。
彼もパルクールの世界チャンピオンなので、見せたいポイントがわかるし、パルクールならではの撮影方法も可能なんです」
最新作の「BKK2020」はタイ・バンコクの街中で撮影されたものですが、街をリスペクトし、パルクールを愛する彼らにしか表現できない作品に仕上がっています。
写真以外の作品も多彩です。ドローイングと立体作品は、写真と違いどちらもどこかユーモラスで楽しい雰囲気が漂います。
「生と死は隣りあわせ」「恐怖心とどう向き合うか」というアートフォトグラフィーと異なり、自分の内部にあるものを手や体を使って制作する心象表現と言える作品だけに、ZENさんの本質は案外こんなところに現れているのかもしれません。
生活のスペースが心地いい北九州でバランスのいい暮らし
世界を股にかけるZENさんですが、今の拠点は東京、福岡、海外の3エリアになります。それぞれ1年の1/3ほどを過ごし、どこも帰るとホッとする場所だと言います。
目黒にはアトリエがあり、アート作品はここで制作しています。
「東京は小学生の僕には窮屈な街でした。子どもの遊ぶ場所がないんです。公園も狭いし大声も出せない。街の余白がないというか。
それがアメリカに行って真逆だなと思ったんです。パーソナルスペースが広く自由がありました」
そんな彼がなぜ北九州で暮らすようになったのでしょうか。
「実は母親が北九州の出身で子どものころ遊びに行っていました。そして妻も北九州出身なんです。
都会に住みたくないなと思っていた時期があって、一時、関東のはずれの方に住んでいたんですが、いろいろあって北九州に引っ越してきました。今は庭付きの一軒家に家族で住んでいます」
北九州はアメリカの環境に似ているそうです。
「北九州に住んで思うのはアメリカとあまり変わらないなということです。車社会ですし、子供が自由に遊べる環境があります。
飲食店に入ってもほかのお客さんとの距離も広いですし、自分のパーソナルスペースが十分にあってストレスがたまらないんです」
最近では家を事務所にし、ZENさん主体のプロジェクトも進めている模様。北九州での仲間も増え、パルクールの練習スポットがあり、後輩もいる博多までも車で1時間ほど。そんな今の環境が心地いいそうです。
「東京ではもうやり切った感があって、今はネットなどで世界とつながっていますし、いいバランスで生活できています。どこかいいアトリエがあれば北九州で作品を作りたいと思っています」
ZENさんの制作テーマは「SEE THE WORLD DIFFERENTLY」。
つまり「世界を違ったように見る」。その軸になるものは「探求心」と「好奇心」です。自分が興味を持って、それを楽しんで、自由に生きる。それこそがZENさんの原点で、その視点は作品にも日常にもあふれています。
「15歳の僕が出会い刺激を受け、きっかけを作ってくれたのがそんな人たちでした。僕もそんな人になりたいし、そんな大人がいてもいいかなと」
そして今、新しい一歩をなかなか踏み出せない人にZENさんからアドバイス。
「まず1回、小さなチャレンジからやってみましょう。そして、途中で無理とわかったらやめればいいんです。
当たり前だと思っている日常の中にも、何かしらのチャンスが潜んでいます。そこから始めてみるのもいいですよ」
【催事のご案内】 ZEN EXHIBITION <イベントは終了いたしました>
大阪・阪急うめだ本店での催事情報
アクセス : 大阪市北区角田町8-7
第一会場 : 3階 プロモーションスペース33
第二会場 : 8階 特別室B
会期 : 3月27日(水)~4月2日(火)
時間 : 10:00~20:00(第二会場のみ、3/27(水)、4/2(火)は18:00終了)